昭和47年7月16日 特別奉修委員
中村良一
昨夜から、青年会の実習会があって、今日また、筑水連合会が、それに合流して、青年会が、今日の午後三時まであるそうです。今日は、十時から、私は、一時間半、講演をお願いしますという事になっている。一時間半、お繰り合わせを頂いたら、どうぞまた、皆さんも一緒にお聞き頂きたい。で、昼からはまた、座談会で、何か質疑応答に出らなきゃならないという訳ですけれどね。なかにあの、昨日、善導寺の村山さんが、夕べから参加しております。それに、身体が、ずっと悪いから、ここ、長い間ご無礼しておりましたのが、もう、三ヶ月ぐらいでしょうか。毎日参ってくるんです。それが、このごろ身体が悪いから、ご無礼すると言いよったけれども、けれどもあの、神様にお願いをしてから、ちょうど、土曜日曜じゃから、とても、教会で泊めて頂いてから、信心の稽古をするという方は、滅多にあるこっじゃなないから、おかげ頂きなさいち、私が言うとりましたら、昨日、出てきとりました。それから、あの、今日は、青年会の方達は、みんなもう纏めてお初穂をこう、お供えしておりましたけれど。今日は、私はあの、この事を、一言お礼ば申し上げんならんから、あの、自分のだけは一緒にしませんでしたと言うて、さっきから、お届けするんですよ。それに、本当に、初めてこちらにあの、おかげを頂いて、親先生が三時半から、控えに出れるという事だけは聞いてだけはおりましたから、まぁ、せめて今日は、親先生とご一緒にと思うて、三時半に出られる様にと思うて、起きてね。それから、お手洗いにやらせて頂いたら、お手洗いの中で、それこそ、長年願い続けてきておるおかげを頂いた。
実はもう、何ヶ月間、ずーっとその、月のものがない。それで、病院に、ずーっと、通いよりますから、もう、あらゆる手を打って貰ったけど、あの分からない。いわゆるあの、不順という訳でしょうけれどもね。あんまり長い、そのために身体も、この様にあるとじゃなかろうかと、お医者さんが言われるんだそうですよ。それがあの、今朝、おかげを頂いたち言う。けども、その辺のところのね、なんとも言えんものがございますね。信心の、おかげを頂く機微というものが。で、その、朝鮮人参が良いというので、先日から、朝鮮人参を行った。このくらいばっかり、今、あそこへ、ちょうど、霊神様にお供えしとるとがそれですが、こんくらいばっかりで、二千五百円するんだそうです。あんまり高いから、その、それにその、小さい、この位のつがオマケになるんだそうですよね。それを一瓶買うと。それをあの、もう無理にお願いをしてから負けて貰うたち言う。それが、ちょうど、その日の御理解、あの私の、青年教師に対するあの、講演を聞いてね。私が、まぁだあの、十銭のものは十一銭で売って売りよる、ね。おかげ頂いたと。そして、その、余分に売り上げたものだけは、お供えしよったといったようなね。なら、そういう信心ではいけないと言うんだけれども、過程においては、親先生は、そういう事もなさっとったんだと。それでもう、このごろ、ものを買う時には、もう、出来るだけもう、普通では、小切られんとこでん小切るちいう訳。で、小切った分だけは、お供えするち言う訳です。それで、この負けて頂いた人参、これだけは、だから、お供えさせて頂くち言うちから、あそこへお供えしておる訳です。ところが、それも、飲まんなりおったところが、二三日前、あの、お父さんが、大変身体がきつい、きついち言いなさるげなけん、あのお母さんに、ほんなら、私が、朝鮮人参ば、買うたばっかりのつが、まぁだ頂かんでおるけんで、こればお父さんに飲ませなさいち言うてやったち。そしたら、お母さんが、そげん高っかもんば、あんたから貰うちからならんけんで、ほんならち言うちから、三千円やらっしゃった。で、五百円儲かったち。だから先生、そん五百円だけはお供えさせて頂きます。もう、一事が万事にその生き方なんです。その辺のところがですね。本当に、ほんなら、心憎いまでに、私のほんなら、過去のね、信心を身に付けていこうとする。そういうようなところがね、私は、おかげ頂く元じゃなかろうかとこう思いますね。もう本当にもう、医者でも出来ん、薬でも出来ん、どうにも出来ないのが、今日、ほんなら、朝、親先生の三時半に起きになりなさるから、それにと言うて、早く起きてお手洗いに行ったと同時におかげ頂いた。ね。
例えば、ほんなら、今朝からの御理解を頂いておって、佐田さんの、本当にあの、まぁ素晴らしい心境ですよね。そういう御理解を頂いておって、まぁ和子さんが頂いておられる事が、四六の長と頂いたてね。確か、これはあの、花札かなんかの博打の符丁なんですよ。四六の長ち言うのは。どういう事やろかと言うから。さぁどういう事やら、私も、博打の、そんな事は知らんからね。けども、映画なんかで、良くその、四六の長なんかという、符丁を、その聞くことは聞くけれどね。どういう事か分からんけれども。けれどもまぁ、四六の長ということは、やはり今日の、佐田さんの、あの御理解を頂きよった、その内容じゃろうとこう思うとる。四と六ということは、十ということだから、こらまぁ、十全ということだろうとこう思う。十全の信心。同時に、あのね、あの佐田さんの、例えば、生き方といったようなものを、例えば、今もお届けされますように、今日はあの、まぁだ、子供が、右のもんとも左のもんとも分からんと言うて話したけれども。今日は、皆さんもご承知のように、その子供が、今日はお礼に出てきてます。そして今日は、マルショウに残ってます。そしてまた、今、お届けされるのに、もう、昨日ばかりは、お父さんが、あんまり心配があるとで、お婆ちゃんが慰めてですね。あの人はあんた、三つの時には、大体、亡くならにゃならんところば、生き延びとるとじゃけんあんた、もう、そげん思うちから、いよいよの時には諦めにゃ出来んたいち。そげなこつ言うたっちゃ、やっぱ、人情として、親として、やっぱり、まぁ一時ぐらい助けたいというのが親の願いだからと言ったような話まで出るくらいに、やっぱ、悪かったちいう訳なんですね。そこんところを、まぁいうなら、敢然として、ほんなら、そういう信心を、誰でも彼でもが真似しろということじゃない。けども、真似の出来んもんがですね。そげな信心な間違うとると言うて、非難する様なことは、これはもう、もっての外、間違いですね。金光様の信心なもう、祈れくすれと仰るからと言う様なことを直ぐ持ち出しますけども。決して、そうじゃないです。もう一歩一歩、自分のものにしていくというですたい。その確実な一つの体験を、ほんなら、今日、元岡さんがね。何ヶ月振りに、その為に、毎日毎日、日参させて頂きよったが、今日のようなところでおかげを受けたと言うこと。ね。そういう信心が、積んで積み重ねられて、ほんなら、今日の佐田さんの信心があるということ。だから、それを、例えば、ちょっと、そげな信心は、無茶苦茶だと言わずにね。本人にとっては、もう有難いのです。無茶苦茶じゃない。けども、それが、そこまで行かんもんが、それを真似する事は無茶苦茶です。ね。とても、ほんなら、死にどんするならば、ほんな、親先生任せになって死んだなんて言わにゃならんです。けども、そこんところはもう、超越しておる信心なのですから。だから、その、四六の長ということがですたい。もう、普通のもんから見たら、信心の薄いもんから見たら、まるきり信心な、博打のごとあるという事じゃろうと言うて、まぁ和子さんに話したことでございました。
けれども、そういう信心がですね。本当に、身に付けられていく、今ならね、合楽でなら出来るとです、それが。ね。手本がありますから。だから、もう、自分の信心な、もう、どうかあるなら医者ち言うちから、それで決め込むような信心はいけませんです。少しずつぐらいはね。私は、今の、そういうところにやらせて頂く。しかもその、過程においてもです、ね。まぁ元岡さんの、私が、そのお供えのことについてお話しましたがね。また、信心の事についてお話しましたがね。そういう様なものが、あの身に付けられていかなければ、そんなに、例えば、もう本当に、親先生任せにさえなっときゃ、これが天地と一身だといった様なね、おかげを頂くためには、そこんところのおかげを、もうみっちり、やっぱり、頂かなきゃ出来るこっじゃないと思うですね。どうぞ。